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離婚届を出した日、通帳の残高はほぼゼロやった。
「貯金ゼロ」というのは、比喩じゃない。生活費の立て替えや離婚に向けての諸々でじわじわ減って、手元に残っていたのは数万円だけ。子どもと2人で、この先どうやって生きていくんだろうって思った。
でも、立ち止まっている時間はなかった。
この記事では、そこから私が実際にやった3つのことを書く。きれいごとは抜きで、正直に。同じ状況にいる誰かの「最初の一歩」のヒントになれば、それだけでいい。
離婚後すぐ役所へ——シングルマザーがまずやった手続きのこと
離婚届を出したあと、まず自分でネットで調べた。「シングルマザー 手続き 離婚後」と検索して、AIにも相談しながら、やるべきことをリスト化した。制度の名前、申請の順番、必要な書類——ひとつひとつ調べれば、手順はわかってくる。
でも、わからないことが出てきたときに役所に聞いたら、なかなか教えてもらえんかった。
「それはご自分で確認してください」「担当部署が違います」「書類が揃ってからまた来てください」——やりとりのたびに壁が来た。制度はあるのに、使い方を教えてくれない。聞いてもたらい回し。それがいちばんきつかったかな。
それでも、調べながら手順を一つずつ進めていった。窓口で案内されたのは、主にこのあたりやった。
- 児童扶養手当(ひとり親家庭への給付金)
- 医療費助成(ひとり親家庭等医療費助成制度)(自治体によって名称が違う)
- 国民健康保険・国民年金への切り替え(会社員の扶養を外れる場合)
- 子どもの健康保険の手続き
- 児童手当の受給者変更
正直、一度に全部は頭に入らなかった。ノートに書き留めながら、もらったパンフレットと照らし合わせながら、少しずつ整理していった。バッグがパンパンになった。
ネットとAIで調べて、「自分が使える制度がこれだけある」と知れたことで、少しだけ息ができた気がした。
「知ること」自体が、お金になる。そういうことを初めて実感したんよね。
**手続きは一日で全部終わらなくていい。**まず「何があるか」を知るだけでも、全然違うと思う。離婚直後の頭がぐるぐるしているときに、完璧にやろうとしなくていい。調べながら、一つずつ進めていけたらそれでいいんやと思う。
児童扶養手当を申請した——2年越しの申請で知った「制度の現実」
役所で案内されたなかで、いちばん気になったのが児童扶養手当やった。
でも私は、離婚後すぐには申請できなかった。その前段から書いておく。
離婚「前」の話——失踪と、保育園と、就労証明
離婚する前、夫は何度か失踪していた。
そのたびに婚姻関係は続いているから、認可保育園を継続するために市役所の手続きが必要で、窓口に行くと「夫の就労証明が必要です」と言われた。
連絡が取れないから困っている、失踪届まで出している——それでも市役所の答えは「とにかく連絡を取って、就労証明を書いてもらってください」の一点張りやった。
失踪届を出している人間に「連絡を取れ」と言う。そういう対応やったんよね。
離婚届を出そうにも、当時の制度では夫の押印が必要で、勝手に出すことはできなかった。たまたま連絡がついたタイミングで、養育費の取り決めより先に離婚を優先することにした。それしか動ける手がなかった。
離婚後:ひとり親控除は受けられたが、児童扶養手当は出なかった
離婚後、ひとり親控除は受けられた。
でも児童扶養手当は出なかった。
原因は、元夫が住民票を移してくれないことやった。
離婚しても、住民票が同一のままだとひとり親として認定されない。児童扶養手当は申請できない仕組みになっているみたい。世帯分離の手続きはした。でも住民票上の住所が変わらない以上、手当はもらえないまま。担当者にそう言われたとき、頭が真っ白になった。
「離婚したのに、なんで?」
離婚後は、相手の住所を調べる手段がない。どこに住んでいるかもわからないまま、住民票を移すよう頼むことも、もうできなかった。
元夫の住所が判明したのは、別の手続きのとき
別の手続きを進めていた際に、元夫が別の住所に住民票を移していることが判明した。そこで民生委員の話になった。
役所から民生委員の名前と連絡先を教えてもらったけど、電話しても全然出なかった。
改めて役所に確認すると、民生委員がすでに交代していた。新しい民生委員にも何度も連絡したけど、やはりつながらない。
役所に相談した。返ってきた言葉は「頑張れ」の一言やった。
それだけやった。
2年後にやっと申請——でも今度は別の壁
住民票の問題がようやく解決して、申請できるようになったのは、離婚から2年後のことやった。
ところが窓口に行くと、「2年以上経過しているので、民生委員の証明書が必要です」と言われた。
民生委員の証明書もそろえて、やっと申請が受理された。
そして審査結果——フルタイムで働いていたため、支給額はほぼゼロやった。
正直、拍子抜けした。2年かけて、ここまでやって、これか、と。
医療費助成は、もらえた。
子どもの医療費の自己負担がなくなる。地味に見えるかもしれないけど、子どもが病気になるたびに「またお金が……」って思わなくていいのは、シングルマザーにとってそれなりに大きいんやと思う。
窓口は「聞かないと教えてくれない」
2年かけて申請してわかったのは、窓口はこちらが聞かないと教えてくれないということかな。
担当者によって対応も全然違う。丁寧に説明してくれる人もいれば、聞いても曖昧な答えしか返ってこない人もいる。「頑張れ」と言って終わりの人もいる。
制度が複雑なのはわかる。でも、知らないままでいると、使えるはずのものを使えないまま終わってしまう。
こんな経路をたどった人間もいる、というだけの話やけど。
市営住宅に申し込んだ——応募から当選まで
住む場所の問題は、離婚前から頭を抱えていた。
当時住んでいた家は、元夫との名義の賃貸やった。離婚後は出ていかなければならない。でも、手元にお金はほぼない。賃貸を借りようにも、敷金・礼金・引越し費用を合わせると数十万円はかかる。シングルマザーで無職(当時は求職中だった)という状況では、審査が通るかどうかも怪しかった。
そんなとき、役所の窓口で教えてもらったのが市営住宅やった。
「自分には関係ない」と思っていた
市営住宅というもの自体、それまで深く考えたことがなかった。「低所得の人が入るところ」というぼんやりしたイメージはあっても、自分が申し込む対象だとは思っていなかった。
でも、担当者に話を聞いてみると、ひとり親家庭は優遇措置があり、一般の抽選よりも当選しやすいケースがあると知った(自治体によって制度は異なる)。家賃は所得に応じて決まるので、収入が少なければ少ないほど、負担も軽くなる。
「申し込まない選択肢はないな」と思った。
申し込みの流れ
市営住宅の申し込みは、自治体ごとに受付期間がある。年に数回、募集がかかるタイミングで申し込む仕組みやった。
私がやったことの流れはこうやった。
- 役所で募集案内をもらう(または自治体のウェブサイトを確認する)
- 申し込み書類に記入して提出する(郵送または窓口)
- 抽選
- 結果通知(当選・落選の連絡)
- 当選した場合は、入居審査・書類提出・内覧・入居手続き
必要な書類は、収入証明・住民票・戸籍謄本など、児童扶養手当の申請と重なるものが多い。一度にまとめて取っておくと効率がいいと思う。
当選通知が届いた日
封筒が届いたとき、すぐには開けられなかった。
「落ちてたらどうしよう」という気持ちが先に来て、しばらく机の上に置いたまま別のことをしていた。深呼吸して、開けた。
「当選」という文字を見た瞬間、肩の力が抜けた。
子どもにその日の夜、「新しいおうちに引っ越せるかもしれないよ」と伝えた。まだ小さかったから、どういうことかはわからなかったと思う。でも「やったー」と言って笑ってくれた。その顔を見て、少しほっとした。
貯金ゼロのシングルマザーが前を向けた理由
貯金ゼロ、住む場所なし、仕事も不安定。
客観的に見れば、厳しいスタートやった。でも今振り返ると、「動いたから何とかなった」という感覚がある。
動けた理由は、たった一つやと思う。子どもがいたから。
自分ひとりだったら、もう少し止まっていたかもしれない。でも子どもがいると、ごはんを食べさせないといけない。保育園に連れていかないといけない。その日常のルーティンが、結果的に自分を前に進ませてくれた。
それから、「制度を使うことは恥じゃない」と思えるようになったことも大きかった。
最初は、児童扶養手当を申請することも、市営住宅に申し込むことも、正直なところ抵抗があった。でも使ってみてわかった。これは「弱者への施し」じゃない。ひとり親で子どもを育てる人が、きちんと生活できるように社会が用意したシステムやと思う。使っていい。使うべきやと思う。
そう思えるまで、少し時間がかかったけれど。
ただ——ここで一つ、正直に言わなければいけないことがある。
私が「何とかなった」背景には、職場という土台があった。離婚前から時短勤務で働いていたこと、育休・産休を経て戻れる職場があったこと、その後フルタイムに切り替えられたこと。仕事を一から見つける必要がなかった、というのは、今思えばとても恵まれていたと思う。
「仕事があればなんとかなる」というのは、言葉として簡単に見える。でも、その「仕事がある」という状態がいかに難しいか——小さな子どもを抱えて、キャリアがゼロに近い状態から再スタートしようとしている人には、その言葉がかえって苦しいこともあるんやないかな。
この記事が参考になる部分もあれば、「私の状況とは違う」と感じる部分もあるはずやと思う。それはそれでいい。私の経験の一部として読んでもらえれば、それで十分やから。
最後に
私は貯金ゼロで離婚届を出して、2年かけて児童扶養手当の申請をして、市営住宅に当選した。
制度には何度も壁があった。住民票の問題、失踪した元夫、民生委員の証明書、支給額ほぼゼロという結果。それでも、手続きを続けた先に、医療費助成と家賃の安い住まいへの当選があった。
きれいな話じゃない。でも、これが実際に起きたことやった。
こんな経路をたどった人間もいる、というだけの話として、ここに置いておく。